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上海便り
1999.2.5 第五十七便、One Way Ticket
私達が普段何気なく使っている格安航空券は殆ど往復で売られている。考えてみれば帰って来られるから楽しく旅立てるのである。ところがこの時期、片道切符で日本を離れる上海人が急増する。中でもノースウエスト航空の片道航空券は比較的安い為、多くの荷物を抱え日本を後にする人達で溢れ返る。日本では殆どの学校の卒業は3月だ。業務や研修を終えて帰る人達も居るのであろうが、多いのは日本のビザが切れた為に再入国スタンプを貰えないオーバースティの人達である。

東京の十条駅から徒歩20分くらいの所に「東京第二入国管理局」と呼ぶ建物がある。入国管理局とは在日外国人がビザの延長や資格変更に訪れる法務省管轄の役所なのだが、なぜこの様な不便な場所にあるのか。実はここに来る人達はビザが切れ、自ら本国に帰りたいと出頭して来たり、不法滞在の摘発を受け強制送還の手続きを待つ為の施設なのである。因みにここの2階から上は拘置所の様になっている。問題の無い普通の外国人は大手町の三井物産横にある入国管理局が担当しているので、今やこの界隈で肩で風を切って闊歩する青い目の金融マンなど十条の存在など全く知らないであろう。

現在、十条では帰国を求め出頭する人達が増え、その日のうちに処理し切れず何と午前9時には受付を終了しているとの事だ。日本の不況で職がない上、更にこのところの円高もあり貯めた円を本国通貨に換算し意を固めた人が加わる。また旧正月を前に中国系の人達が目立って増えるのも毎年この時期である。

今回この決断をした上海人が居る。上海市長寧区で幼稚園の保母をしていた陳と名乗る彼女は5年前、日本語学校の修学ビザで来日。初めは居酒屋の洗い場で、少し慣れるとホールでアルバイトしながら学校に通っていたと言う。ところが1年半が経過し大学か専門学校への進路を選ばなくてはならなくなり、既に27歳になった彼女が選んだのはオーバースティのままスナックのホステスとなる道だった。そのとき30歳になったら国へ帰ると心に決めたと言う。そして予定通りこの3月に30回目の誕生日を迎える前に十条に出頭した。

東京郊外の繁華街で3年半、他人名義で借りたワンルームマンションとスナックの往復だけの日々だったと言う。昨年秋に上海郊外に小さいながら一戸建てを購入、内装工事も終わったので帰国後は狭いアパートに住む両親共々その新居に引越し「少し休みたい」そうだ。1週間後の上海へのOne Way Ticket。彼女曰く後悔はしていないそうである。20代後半の5年間、失ったものもあるが、とにかく今の自分に出来ることはコレしか無いんだと頑張ったと言う。果たして帰国後、上海の生活に適応できるのか日本人の私が心配してもはじまらないが、彼女の様な話は日本中で列挙に暇無いのであろう。

(丸加物産株式会社 代表取締役 藤川 洋)

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