依然として中国進出ブーム、中でも「上海」が一人勝ちの状況である。私は80年代までの友好貿易、補償貿易(見返り貿易)時代については全く判らないが上海通いを始めた90年以降について振り返ってみる。
意外と思われるかもしれないが昨年(2000年)までの全世界の対中直接投資契約が金額、件数ともに最大なのは1993年です。以降99年まで低下の一途を辿り、2000年に再び上昇に転じています。また実行額では92年に100億ドルの大台に乗せて以来上昇を続け、96年から2000年までの5年間は400億ドル台で足踏み状態なのです。一方日本に限れば2年遅れの95年が契約金額、件数のピークで99年を底に2000年に再び上昇、実行額では95年から昨年まで実は横ばい状態なのである。(中国統計年鑑、各年版、日中経済協会より)
一方日中間の貿易額は98年から2000年までに輸出入ともに倍増している。今年はさらに加速する見込みで直接投資も去ることながら日本にとって中国は米国同様最も重要な貿易パートナーとして認知されるに至った。近年の衣類や雑貨、食料品を中心とした中国製品の氾濫は各家電メーカーによるデジタル家電など先端商品の中国移管報道を見ても今後ハイテク製品に及ぶのは確実であろう。
更に上海で感じるのは最近の進出企業の層の厚さである。既出の大手企業による事務所から現法への切り替え、工場増設などの追加投資から社員3人の有限会社まであらゆる規模と業種で押し寄せている。それに伴い進出着手から1ヶ月間に3度上海に来て人材確保から事務所契約まで完了するなど決定のスピードアップも顕著である。上海で日本の学生が「中国で事業展開を考えている会社に就職したい」と語っていたので日本の企業で中国を意識していない所ってあるの?と答えておいた。