さて、午後5時に成田を出たエア・チャイナの777は只今東シナ海上空、予定だとあと20分ぐらいで背もたれを直しベルトを締めろとアナウンスされる時間である。当然パソコンも使えなくなる。
西部大開発、初めてこの言葉を聞いたとき中国人が羨ましくなった。アメリカの西部開拓みたいで目前に大きなフロンティアが広がっている。80年代のトウ小平の南巡講話みたいに本気で取り組んでも50年や100年ではやりつくせないだろう。上海など沿岸部の摩天楼に象徴される発展を広大な内陸部へ、実に判り易いスローガンで上海辺りの小学生だって理解できる。日本の「オラが村へも高速道路を、新幹線を」とは次元が違う。
さて、私は89年のクリスマスに上海ーウルムチ鉄路4077キロを4日掛け走破した。途中ソニーの短波ラジオではルーマニアのニコラエ・チャウシェスクが市民の怒りの中で銃殺され、一方日本では東証株価が38,915円の史上最高値で納会を終えたと伝えていた。今思えばこの頃が時代の転換点でこれらニュースはその後の日本への警鐘だったのかも知れない。
また昨年夏に内蒙古の草原や砂漠を訪れ3日間で1000キロ以上の道程を走り回ったがなかなか立派な道路が出来ている。人海戦術に近いが至る所で橋を造ったり舗装を行っていた。道沿いのトラック運転手相手の料理屋では粗末だが50元程で5人で食い切れぬ程の羊肉料理が何皿も並びキツい白酒も飲み放題同然だった。
面白いのは12億人も住んでいながら車窓から何時間も人間一人見えない大地が広がっていること。僕は思った、40年後に仕事リタイアして再びウルムチ鉄路に乗っても景色は変わらないんだろうなと。